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戦前山形県絵葉書集
鶴岡市(旧庄内藩)7 鶴岡マリア園 羽黒山斎戒所・五重塔 月山参道小屋 湯殿山神社参拝口 鼠ヶ関海水浴場
鶴岡マリア園を掲載したかったのですが、6枚という半端な枚数だった為バラ物を入れている箱から目についた出羽三山+αを抜粋してきました。鶴岡ではなくて山形としてバラ物を管理していましたので、あまり統一性がありませんが鶴岡関係を抜き出してきましたので一緒に掲載させていただくことにしました。
鶴岡マリア園の職員 大正7年~昭和8年
当時の正式名称は天主堂私立マリア園というそうです。
創設者はドイツ人のライネルケンス神父で中心にいる人です。マリア園は大正14年10月に「キンダーガーデン鶴岡マリア園」という名称で開園したそうです。 資料が出てこなかったのですが、第一次世界大戦はドイツ軍として従軍していたそうですから、日本に渡って来たのはその後の大正10年前後以降ということになるのかもしれません。周囲の保母さん?達のお名前は分かりませんでした。
以下6枚組物ですので、宛名面から判断できる絵葉書発行年度はどれも同じです。
鶴岡マリア園 園舎 大正7年~昭和8年
マリア園のホームページに「開園当時の天主堂」という写真があるのですが、その隅っこに映っている建物の反対側がこの写真にあたるのかな?と、思いますが、いかがでしょう?大正14年というのは大正天皇御崩御の前年になるので、昭和8年までの期間はわずか8年程度なわけですから、マリア園のホームページの隅っこにある建物と同一かどうかに係わらず初代の建物には違いないと思います。
マリア園屋外遊技場/ 園外保育 大正7年~昭和8年
屋外での保育ですね。左は天主堂の傍の遊具で遊んでいる景色ですかね?右には園外とタイトルがついているので、どこかの公園まで出向いての保育中の景色かと思います。地元民でないのではっきりとはわ判りませんが、鶴岡ですと保育園児の足でも歩けそうな場所に鶴岡公園がありますが鶴岡公園に来ているのでしょうか?割と大きそうな公園で傾斜も見えるので城跡っぽいと思えました。
マリア園お祈り/ マリア園遊戯室 大正7年~昭和8年
左は設備からいって、保育所ではなくて天主堂でのお祈り風景かもしれません。右がマリア園の建物の中でしょうか?広間と職員室があるだけの造りは私が子供自分に通った保育園も同じ造りでしたので、そうじゃないかと思っているだけなんですけど。。。
ここから下はバラ物絵葉書を用いた出羽三山参拝地のご紹介になります。
羽黒山 官国幣三山神社合祭殿 / 羽黒山 国宝五重塔 大正7年~昭和21年
左が昭和8年~昭和21年までの間に発行された物で、右の方は大正7年~昭和8年までの期間の物です。
三山神社合祭殿は鶴岡市6でも紹介しているのですが、こちらは建物の周囲がより見えるアングルでしたので、別途掲載することにしました。コロタイプの印刷と相まって雰囲気があります。
五重塔は日本全国で見られるのですが、こちらも国宝で三山神社合祭殿へ続く参道の途中にあるそうです。
三山神社合祭殿は3つの山の神様を祭る三神合祭殿だそうです。ここは羽黒派古修験道の発祥の地ということで霊験あらたかな場所のようです。祭る御祭神も仏もあれば神様もありで宗教的には無知に近い私には、行けば何か感じるとは思いますが理解するには難しいところのようです^^
羽黒山名所 斎戒所 / 湯殿山神社参拝口 大正7年~昭和21年
左の「羽黒山名所 斎戒所」は大正7年~昭和8年の物です。右の「湯殿山神社参拝口」は昭和8年~昭和21年までの物です。参拝口の簡素な建築物は休憩所等とは違いそこで祈祷をすると所のようです。簡素過ぎて今は無いのじゃないかと思います。斎戒所というのは葬儀場のような物かと思っていたら修験者の宿坊らしいです。
この出羽三山は調べれば調べるほどに霊験の高い場所だということが判ってきました。俗世で穢れた私なんぞは一度清めに伺うべき場所なのかもしれません。
月山参道小屋 大正7年~昭和8年
これは普通に参拝の途中で休憩する場所でしょう。
月山の晴姿 2枚 明治40年~大正7年
他の物に比べてヤケや染み等の経年劣化が目立ちますが、他よりも更に古い物ですので剥離してないだけましなんじゃないかと思っています。
鼠ヶ関海水浴場 大正7年~昭和8年
唐突なのですが、ここで海水浴場の絵葉書がきます(笑)。まだ鶴岡シリーズで掲載していなかった場所なので、本来は前回の「6」に掲載したらよかったのですが、バラ物ですので発見が遅れましたのでこちらに載せておきます。当時にしては珍しい頑張ったカラーです。山形は海水浴場が多いですね。